無関心と保身

日経ビジネスonlineで遙 洋子 氏が書いた記事を読んだ。(「東京だから」という病)

記事では以下のような経験が書かれていた。

  1. 東京駅で電車が海浜幕張に行くのかある乗客に尋ねたが「わかんない。」との答えであり, 他の乗客はその会話を聞いていたはずなのに誰一人として, その電車が海浜幕張とは逆方向に行くとは教えてくれなかった話。
  2. その間違えて乗った電車内で, 年配男性が女子高生を殴ったような光景があったにもかかわらず, 女子高生は抗議の声をあげず, 周囲の人々も見て見ぬ振りであった話。
東京は人口密度が高いから感覚を遮断せねば生きられないのだ、という無関心説がある。他者に関わっていられないほど危険が潜む町だから、事件を目撃しても静かにするのは保身だという説もある。

私は生まれも育ちも田舎であるが, 大量の人ごみにまぎれて東京に住んでいた期間, 他者との関わりを極力避けたくなる感覚が強くなっている自分を意識したことがある。

それは, 情報過多を避けるための「無関心」であるのか, 隣で暴力沙汰が起きようと周囲の人は誰も助けてはくれないであろう空気を感じた上で"交通事故"的なリスクに近づかない「保身」であるのか, どう名づけるべきかわからないが, そういった空気が蔓延していることを(勝手に)感じたものだ。

自分の「保身」に精一杯であるのに, たまたま同じホームで電車待ちをしている隣人にそれを期待することが出来ないのは 道理である。

一転して, 外国人に よく道を聞かれる。その人の国では聞いたら教えてくれることが期待できるからであろう。(ただし, それぞれの答えは信用が置けないので, 同じ質問を何人にもするようだが)

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このページは、buchiが2008年1月27日 11:30に書いたブログ記事です。

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